余市町でおこったこんな話 その162「ロータリー車登場」

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昭和40年代初めのころの冬、旧大川橋(2代前)のたもとがダンプカーによる雪捨て場のひとつで、同44年2月号の広報表紙は、余市川へ雪を捨てるダンプカーの写真でした。
この冬は降雪が多く、除雪の予算を追加投入して除雪を行うほどでした。除雪機械は広報の写真を見るとブルドーザーが主力だったようです。
北海道の多くの地域で、機械除雪がはじまる前の除雪は人力や畜力によるものでした。ロシアから輸入された馬そりを三角の形に改良して馬に曳かせて除雪をしたり、カンジキをはいた人々が雪を踏み固めて歩いたりしていました。
昭和4(1929)年の札幌市で、アメリカ製トラックに転圧用ローラーを曳かせて、雪を踏み固めたのが国内初の冬の車道確保への機械利用です。その後、現在と同じような道路の雪を両脇へおしのける除雪方法の研究が同18年にはじまりましたが、戦争で中断し、国道の除雪を担っていた北海道開発局での導入は、昭和20年代半ばまで時間を要します(「道路除雪機械の変遷」)。札幌市での機械除雪の始まりは、戦後の同21年、アメリカ軍から除雪機械を借りて除雪した時とされ、同じく排雪の開始は人力でトラックに積み込んだ同28年のことでした。
昭和30年代から40年代はじめにかけて、余市町の除雪にかかる予算は右肩上がりに増えていて、同36年に50万円(当時)を下回っていた予算は、同39年に100万円を突破、翌40年には200万円を超えました。
除雪対象となった町道の延長は年々長くなり、同45年の町道総延長が約138キロメートルだった頃、除雪される道路は全体の約7割にあたる100キロメートルになっており、これに対応するため、当時最新の除雪車である「こまつベーローダー30型除雪ロータリー車」がこの年、導入されました。(札幌市でのロータリー式除雪車導入は同33年)。
これは広報に大きく取り上げられました。同年3月号の広報には「あがる雪けむりにあふれる喜びの声」と題した記事が見えます。除雪対象となる町道のうち、重要路線での排雪がロータリー除雪車のフル運行で予想以上にはかどったので、学校周辺の歩道や屋根から落ちて町道にはみ出した雪の排雪を区会と相談しながら行うことができました。
町内の喜びの声がとりあげられています。
「ロータリーの威力は大したものだ。(個人持ちだった排雪の経費は)5百円だった。…中略…うちの前の道路をみると、のびた髪の毛を床屋でかった後のように、スカッとした気分になります」(黒川町の写真業)
「いつもは役場のショベルで積み込み運搬していたが二日間びっしりかかっていた。今年は一日で路幅いっぱいに除雪でき、区会全員が喜んでいます。…後略…」(豊浜町区会長)
「ロータリー排雪をはじめたことは、防犯上からも交通事故防止の上からも大へん効果のあることです。…後略…」(黒川町の町政モニター)

写真:ロータリー除雪車とダンプカーでの排雪作業(「広報よいち」昭和45年3月号)

写真:ロータリー除雪車とダンプカーでの排雪作業(「広報よいち」昭和45年3月号)

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