余市町でおこったこんな話「その205 郵便局」

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郵便という言葉とポストがなかなか浸透しなかった昭和のはじめ、「郵便ポストに白字で「郵便」と書いてあるのを見て、上京した紳士は字の扁が垂(たれ)という字なので、(郵便の文字を)「タレベン」と読んでポストを便所と間違えた(後略)」というエピソードが紹介されています(『月間郷土誌よいち』)。
町内での郵便局のはじまりは古く、このエピソードのようなことはなかったと思われます。明治3(1870)年に、浜中町に設置された開拓使出張所内で駅逓業務が開始された明治5年がはじまりのようですが、郵便業務はそれより少し遅れたようです。
駅逓とは、交通が不便な地に宿舎を兼ねた駅舎に人馬等を揃えて、移動する人の継ぎ立てと宿泊、物資の逓送等のために設置されたものをいいます。明治20年代には青木善松さんが沢町で旅人宿を営業しています。その宿が描かれた版画には余市郵便局為替貯金取扱所と書かれています。お店の前には馬がつながれ、帽子をかぶった郵便配達員のような人もみえます。
町内の郵便局は、昭和の初めころには余市郵便局と余市澤町郵便局の2ヶ所がありました(『余市郷土誌』)。余市郵便局は明治8年、山本忠次郎さんが初代取扱役となって浜中町に設立、同13年、沢町へ移転後電信、貯金、為替業務を徐々に取り扱い、同24年に電信局と合併、大正12(1923)年に大川町へ移転します。昭和初めの大川町の余市郵便局の職員数は42名、集配区域は畚部村(栄町方面)を除いた町全域に及び、電報配達区域は大川町、黒川町、山田村(現山田町)の範囲でした。
余市澤町郵便局は明治24年に川村郵便受取所として大川町で郵便事務を取り扱い、同30年代以降は貯金、為替、小包郵便、電話事務の取り扱いも行うようになりました。大正12年5月に澤町86番地に移転して澤町郵便局と改称します。こちらの昭和初めの職員は電信2名、郵便1名、事務員3名、雇人3名(局長などを含めて10名程度か)となっています。電報配達区域は沢町、浜中町、琴平町(丸山付近)、山碓町(港町付近)、梅川町、沖村(豊浜町など)、山道村(豊丘町付近)と広い範囲でした。
明治20年代の郵便業務についての記録には、「毎年季節ニ由リテ業務ニ非常ノ繁閑ヲ生スレハ其季節及概況」として「只漁業季節四、五、六月及十一月ハ例月ニ比シ一割乃至八分ノ減少ヲ見ル事アリ」とあります(『にしんりんご郵便局』)。4~6月の減少は、ニシン漁の時期に仕事上の連絡をしていた繁忙期が過ぎて、ひと休みの時間なのでしょうか。
明治時代は道路の整備が進んでおらず、海岸線に漁師さんの集落が点在していたので、澤町郵便局が担当する配達区域は大変でした。広いだけでなく、沖村までの道は落石の恐れがある海岸線で、山道村は山深く道行が大変だったと思われます。戦後になって郵便自動車による往復となっても難路は難路のままで、昭和32年5月、余市余別(積丹町)間の郵便自動車の運行中のこと、雪解けで緩んだ岩盤からの落石が助手席の屋根を破り、職員に直撃して亡くなるという痛ましい事故がありました。
 

図旅人宿営業青木善松

図:旅人宿営業青木善松(『後志國盛業図録』明治21年)

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