余市でおこったこんな話「その261 ミツバチの受粉」
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昭和30年代から同40年代にかけての高度経済成長期、都市化の進行に伴う自然環境の悪化によって昆虫や野鳥の減少がみられました。
果物の実がなるには、ハチやアブといった訪花昆虫や吹く風による受粉(自然交配)が必要でしたが、昆虫が減少すると、ミツバチの導入で補うようになります。
昭和41(1966)年4月11日の新聞に、「リンゴ交配にミツバチ利用 人手不足対策に 余市仁木 養蜂業者から賃借」の見出しがみられます。
「最近、農薬の普及、天候不順などでこん虫が激減し、自然交配のままではリンゴの品質が低下するようになった。…中略…そこで人手不足のピンチヒッターとして登場したのがミツバチを利用したリンゴ交配。…中略…青森県、長野県、道内では空知管内江部乙町ですでに実施され、歩どまり、結実、玉伸びなどがきわめて良いことが証明されている」と記事は続きます。
翌12日、余市町と仁木町の農協職員、両町の果樹研究会の方々、北大余市果樹園の吉田園長さんなど10人が役場会議室に集まり、その年の予定が次のとおり決まりました。
鹿児島県と山口県の養蜂業者からミツバチ550群(1群は8千匹から1万匹)を借り入れること、受粉の期間は当時の高級品種だったデリシャス系のリンゴの開花にあわせて、5月20日頃から10日間、リンゴ園に置く巣箱は1km間隔で5~10群ずつ、ミツバチの借り入れ費用は1群で2,000円、トータルで110万円でした。
翌42年は5月16日から10日間、余市町農協で250群、余市町西部方面の西農協(当時)で200群、仁木町農協で220群、前年と同じ価格で借り入れ、病害虫の発生を防ぐ薬剤散布の一部は、ミツバチを守るために巣箱を置く4日前までとし、ハチ用の飲み水も用意されました。
3年目となった昭和43年、5月1日の新聞には「希望地区にだけ導入 賛否両論の果樹用ミツバチ」と題した記事が掲載されました。
「全面的に導入したい」とする西農協、「希望地区だけ」とする余市町農協、「入れたいという農家もあるが、大勢は反対なので見送りたい」とする仁木町農協と、関係者間で意見は分かれました。
導入に賛成する側は、受粉のための人手不足をカバーできること、結実が良くなったことを挙げ、反対派は逆に期待するほどの結実が見られなかったこと、ハチを守るために薬剤防除が制限されることなどマイナス面を訴えました。
この年は余市川以西と登町に限って導入されましたが、同月16日から1週間ほどは最低気温が2℃、3℃となり、日照もほとんどない異常な低温が続きました。ミツバチによる受粉も期待できず、農協などの指導機関が人手による人工受粉を呼びかける事態となりました。
昭和44年、ミツバチによる交配と自然交配とを比較した試験結果が北大余市果樹園によって発表されました。デリシャスの結実率は前者が3年間平均で約70%と、後者よりも確実に高い数値を示しました。
同果樹園によると、人工受粉をするのに越したことはないが、労力不足を補うのにミツバチの導入は大きな効果があるとしています。
ブンブンブン、果樹園にハチがとぶ頃です。
写真 設置したミツバチの巣箱を調べる関係者(昭和42年5月20日の新聞記事)
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