余市町でおこったこんな話 その72「余市駅の移転」

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明治35(1902)年12月に開業した余市駅は、北海道鉄道会社による然別-蘭島間の開通にあわせたものでした。
開業50年を迎えた昭和27(1952)年に、当時をふり返る座談会が余市駅主催で催され、月刊郷土誌『よいち』に掲載されています(昭和27年11・12月号)。
「汽車と云うものが付いた。さあ町の中(が)急に活気付きましたね。駅の方でも初の三日間というものは、無料で穀物も人間も蘭島まで乗せました。」
「(駅の場所は)はじめは大川橋附近のようだった。…ところが大川橋附近では場所が少々狭い。そこで今の大川(小)学校より蘭島寄りの方と云う話も出た…駅の敷地は当時はヤチで、ひどい所だったが埋め立てて今のようになったのである。」
「(工事の資材は岩内から運ばれ、それらの陸揚げは)フゴッペの海岸が、あの頃相当濱も広くあそこへ船が来た。相当大きな船が来ましたよ。それを漁船が荷揚げしたのである。記憶していますが、東洋丸という六千トンの汽船が入港して、私達も荷揚げに行ったことがある。稲穂トンネルの材料で(使う)セメントなどたいしたものでした。」
「大正の初めの頃だった。鰊がとれてとれて、馬車は駅前から大川橋の向うまで続いて、一日に貨車の百三十台も積んだこともあった。」
「駅前に吉田さんがいて、千鳥まんじゅうを売りましたがあれは大正に入ってからのことです。」
余市駅の開業当時のことは「余市駅開業当時の記録を探る」(『余市文芸』第25号)に詳しく書かれています。駅が出来てからわずか8年で移転してより広い駅舎を建てようという動きが出たこと、背景には余市駅からの貨物移出などの利用が好調で「不況知らず」であったこと、駅建設の最初の候補地のひとつだった大川町が再度、移転候補地に浮上したこと、新聞報道で余市青年会が移転の陳情を行ったことなどが詳細に書かれています。
『広報よいち』をみると、昭和40年12月から翌年2月まで「流域」という欄があり、余市駅の開業と移転問題について当時を知る関係者のお話が談話形式で掲載されています。前述した現在地の埋め立て工事は「土は主に今の役場前の切通しのあたりから取り馬車で運んだもの」で、開業後は「側溝の水切りも悪く肝心の機関車に使う水が金気があって使いものにならず」とあり、使い勝手が悪い面を指摘し、駅舎移転の一因としています。同欄によると移転推進側の国鉄(当時)への陳情運動は成果をあげ、町会(議会)の賛成多数があれば移転可能とまでなったとあります。かたや新聞報道による国鉄側の談話は、一度決定した駅舎位置の変更は付属施設の再整備の問題もあり困難であること、現在位置に開業できたのが地元関係者の努力によるものであること、移転予定の大川町は風が強く防風林の整備が必要であることなどをあげて、駅舎移転が困難であることが述べられています。
明治42年に最初の跨線橋が竣工し、施設の整備が進みました。その翌年に起きた移転問題は実現が難しかったようです。

図:大川停車場(『余市市街明細地図』明治35年)

図:大川停車場(『余市市街明細地図』明治35年)

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