余市町でおこったこんな話「その164 開町70年当時の余市町」

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今年は北海道命名150年の節目の年にあたります。松浦武四郎の案をもとに「北海道」と命名されたのが明治2(1868)年、余市町の開基も同じ年と決められました。明治33年には余市郡内の12町村が合併されて余市町が誕生します。
今から50年前の、開基100年開町70年を迎えた昭和44年の余市町のできごとを振り返ると、新しい建物の開館や工場誘致、様々な記念行事が多くありました。
まず5月16日、植樹祭が企画されます。各区会が松、白樺、ポプラ、桜、ライラックなどの苗木120本余を運動公園へ持ちより、町民100人以上の協力で植えこみ作業が行われました。この整備にあわせて「結婚の木」や「出生の木」の希望者も募って開放されたそうです。
5月23日には浜中町にあった旧余市郡漁協事務所が青少年会館に改装して開館。新聞によると「働く年少者の勤労意欲増進」の拠点として、図書室、集会室、談話室、体育室が整備され、開館日にはマンガ映画の上映や、卓球大会、夜は町内の農、漁、商工関係の青年代表が集まって意見交換会も催されました。翌24日にはサイクリングロードがオープン、余市橋と田川橋間の約1.7キロメートルが整地されました。当時の計画ではあゆみ橋まで延長して約10キロメートルまで拡大させ、「サイクルキャンピング」の予定もあって、青少年だけでなく成人の健康増進も期待されていました。
企業の誘致も順調で、6月25日付の新聞には「建設急ぐ二つの誘致企業」の見出しで、大川6丁目の日本食肉加工余市工場と、沢町4丁目の小樽作業衣余市工場建設の記事が見られます。前者はニュージーランドから輸入される羊肉や地元の豚肉加工の工場として、7月からの操業開始を目指して建設されていました。また小樽作業衣は町内3つ目の縫製工場として誘致され、既製服や作業衣を生産する工場として11月に完成します。地元に雇用を生もうとする努力によって「縫製の町」が目指された時期があったようです。
9月には「後志一」の規模を誇る余市町営野球場が完成しました。こけら落としにはノンプロ(実業団)チームの試合が企画され、北海道拓殖銀行と電電公社が招かれてゲームが行われました。秋晴れの同月21日に海野町長(当時)の始球式で始まった試合は電電公社の勝利で終わったそうです。
STV開局もこの年のことです。それまで300戸余りの家庭が限定的に視聴できていましたが、役場裏の時田山に設備が完成したおかげで、余市町全域をはじめ仁木町、小樽市蘭島が視聴可能となりました。STVはスポーツ中継に人気番組が多く、多くの町民が待ち焦がれていたスポーツ中継が楽しめるようになったそうです。
昭和44年とその前後の時期は、企業誘致や公的施設のオープン、国道等の道路整備の進行、観光客増加など、町がどんどん豊かになっていくのが実感できた時期でした。盛り上がりの中で第1回北海ソーラン祭りが始まってそうした雰囲気は頂点を迎えました。

写真:サイクリングロード開通(「広報よいち」昭和44年6月号)

写真:サイクリングロード開通(「広報よいち」昭和44年6月号)

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