余市町でおこったこんな話 その88「ブドウ(その3)」

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昭和40(1965)年8月30日と31日の2日間にわたって、全国果樹研究連合会と北海道果樹協会の共催で、第十二回全国ブドウ研究大会が余市町、仁木町、小樽市を会場に開催されました。当時の新聞には受け入れ準備に地元関係者が大忙しだった様子が見えます。本州からのお客様300人を含めた700人を超える受け入れのために、事前の打ち合わせや大会当日の仕事でスタッフは「やせる思い」だったそうです。大勢の方が町外から来られるということで、道路に砂利を敷くなどして「見違えるようによくなった」のが、大浜中線(町道南2線を小樽方向に向かって登川をこえた道)でした。
『大浜中の百年』から大会の様子を見ると、黒川小学校で開会式を行った後、鮎場に移動して昼食をとりました。午後からはバス11台に参加者が分乗して、町内大浜中、仁木町、小樽市塩谷のブドウ園4か所の見学に向かいました。これらのブドウ園主は地区を代表する優れた経営者として選ばれ、栽培面積や品種、ブドウの木の年齢、施された肥料の量と時期など詳しい説明がなされました(写真)。

大会は、栽培方法の改善や体験発表、研究討議、意見交換などがあって終了しましたが、同年9月2日の新聞報道には「近代化にとぼしい栽培」、「産地批判」といった、辛らつな見出しも見えます。
記事には、本州よりも格段に広い北海道のブドウ園で、集団栽培による共同経営が行われていると期待を抱いて来道した各府県の人たちが「ガッカリ」したとあります。まちまちな収量や、房が不ぞろいな点など、その改善点が指摘されました。
そうした指摘は、以前から町内各地の生産者も感じていました。昭和32年には大浜中や、登川、大川町付近の生産者49戸が集まって「余市ブドウ研究会」が発足されていて、大山祇神社そばに試験畑を設けて20品種余りを栽培していました。また、大会が開催された昭和40年にも、黒川地区の52名により「黒川ぶどう研究会」が発足し、本州の先進地への視察などを行っています。
それぞれの研究会や個人の生産者によって、栽培方法の改良が進みました。種無しブドウにするための「ジベレリン処理」や土壌改良、ハウス栽培の導入などさまざまな努力の積み重ねがありました。こうして余市町をはじめ、仁木町も含めた北後志地方の栽培面積は順調に増加、昭和50年頃には道内で唯一、1,000ヘクタールを超え、生産量では9割を占めて、北海道のブドウ栽培の中心地帯となります。昭和59年からは、ワイン用ブドウの生産契約も結ばれるようになります。平成に入る頃には5社が良質なワインの原料を求めて参入し、今では、よその地名が付された道内ワインの原料の大半が余市産ブドウといわれるまでになりました。
46年前に「産地批判」された生産者の熱意が、余市町を全国3位の栽培面積(全種類)へ押し上げ、またワイン用ブドウの一大産地にも名を連ねるまでになりました。
地ビールは余市町にはありませんが、地酒の「十一州」(その23参照)、「地ウヰスキー」、「地ワイン」の3つがある町は余市町以外にはすぐには思い浮かびません。

写真:全国ブドウ研究大会の現地視察(昭和40年8月31日付の新聞記事)

写真:全国ブドウ研究大会の現地視察(昭和40年8月31日付の新聞記事)

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